認知症の数十万人「原因は処方薬」

老年症候群とは、高齢者の老化現象が進むことを意味し、薬剤によってもたらされることを薬剤起因性老年症候群と呼んでいる。認知機能の低下(薬剤性認知障害)のほか、過鎮静(過度に鎮静化され寝たきりになるなど)や歩行困難などの運動機能低下、発語困難、興奮や激越(感情が激しくたかぶること)、幻覚、暴力、さまざまな神経・精神症状のほか、食欲不振や排尿障害といった副作用が表れることを指す。日本老年医学会なども最近になって使い始めた言葉だ。


最も疑わしいのがベンゾジアゼピン系薬剤

1960年代に開発されたベンゾジアゼピン系薬剤は、感情などに関わるベンゾジアゼピン受容体に作用して、睡眠薬・抗不安薬として使われている。日本で発売されているもののほとんどがベンゾジアゼピン系で、後発品を含めて約150種類ある。非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬もあるが、作用機序は同じなのでベンゾジアゼピン系と同じような副作用がある。


ところが、1980年代に海外で高齢者への投与が問題となった。服用したベンゾジアゼピン薬剤を分解する代謝が悪いうえ、排泄する能力も低下しているので体内に蓄積され、効きすぎるリスクがある。過鎮静の症状や認知機能、運動機能の低下などの副作用があることが明らかになり、海外では高齢者には「使用を避けるように」と指摘されている薬剤だ。


精神科クリニックで認知症とうつ病と診断された80歳代の女性は、抗認知症薬に抗うつ薬、ベンゾジアゼピン系薬剤などを服用し始めて間もなく動作が緩慢になり、終日こたつで過ごすようになった。認知機能はMMSEで17点と低かったが、MRIでは海馬の萎縮は目立たない。薬剤を徐々に減らしてみると、動作が速くなって明るさが戻り、デイサービスに出かけられるまでに回復した。レビー小体型の認知症の疑いは残るものの、MMSEは24点に戻った。明らかに薬剤起因性老年症候群に該当する。


ベンゾジアゼピン系薬剤を減薬したら認知機能や過鎮静が改善したケースは、あちこちで聞く。だが、こうした症例は、減薬に取り組んでいる医師だから見抜くことができる。気づかずに見過ごされているケースがほとんどではないだろうか。


例えば、通院の場合は認知機能が落ちたとしても、薬剤が原因とは医師も患者本人も家族も考えない。急性期病院ではまずは治療すべき病気の治療が優先されるから、ここでも医師が気づくことはほとんどない。転院先の病院では元気な頃の患者を知らないから異常に気づかず、急性期病院の処方を継続することが多い。


そもそも医師が薬剤の危険性を知らなければ、副作用が起きても「お年ですから」と単なる老化現象で片付けられてしまう。たとえ薬剤を疑っても、複数の薬剤を服用しているから、原因を特定することは難しい。薬剤起因性老年症候群が、今の日本の医療システムの中で埋もれてしまっているのは、そういった事情がある。


https://toyokeizai.net/articles/-/325612