緊急事態宣言下で「自粛をやめてしまった人」の"ある変化"

感染防御策をきちんと講じている人と、それがだんだんと疎かになっている人がいる。

問うべきは「では、なぜコロナ対策を続ける人と軽んじる人がいるのか」「その両者を分けるものは何か」である。


「統制の位置」で人々の心理を読み解く

「統制の位置」(locus of control)という心理学の概念

自分自身の人生に影響を与える状況を自力でコントロールできるとどれだけ強く信じているかを示す概念である。


不安をコントロールできる人、そうでない人

統制の位置には、「外的統制」と「内的統制」がある。


「外的統制」というのは、統制の位置が自分の外にある場合を指し、このタイプの人は、「物事は自分の外にある力で動いている」「運や周囲の動き次第であり、自分ではコントロールできない」と考えやすい。


逆に「内的統制」というのは、統制の位置が自分の内にあることを指し、このタイプは「物事は自分でどうにかできる」「自力でコントロールできる」と考えやすい。


今回の調査でわかったのは、外的統制型の人は、コロナ不安が強い傾向にあるということである。つまり、「コロナは自分ではどうしようもない」と思う傾向のある人は、コロナに対する不安を強めている。


一方、「自力でどうにかなる」と考える人は、コロナへの不安が比較的小さかった。その理由として考えられるのは、このタイプの人々は、感染防御策を徹底し、外出や外食を自粛するなど、自力でコントロールすれば、感染は防ぐことができると考えているからかもしれない。もちろん、このタイプの人も不安を感じていることはたしかであるが、外的統制タイプのような「自分ではどうしようもない」という救いようのない不安ではない。


不安が「確証バイアス」を生じさせる

強い不安が続くことは、人間にとって不快な状況である。したがって、人はそれを緩和させようとしてさまざまな対処を取る。


しかし、外的統制タイプのような、もともと自分ではどうにもできないと思っている人たちの場合、たちまちお手上げになってしまう。


そのとき、よくある窮余の策として、一番変えやすい所を変えることで、急場をしのごうとする。最も手っ取り早いのは、コロナに対する自分の「認知」を変えることである。すなわち、「コロナはただの風邪」と決めつけ、「楽観バイアス」を抱くようになれば、少なくとも一時的には不安を紛らわせることができるようになる。非常にお手軽な方法だ。


こうなると次に「確証バイアス」が生まれる。これは、自分の認知に都合のよい情報だけを取り入れ、不安を思い出させるような都合の悪い情報を遮断するという認知バイアスである。


「コロナはただの風邪」だと思いたいのに、「強力な変異株が生まれた」「感染爆発だ」「医療崩壊だ」などという不安を喚起させる情報は、聞きたくないのである。さらには、耳を塞ぐだけでなく、そのような情報を発信する人々を攻撃することもめずらしくない。


政府や分科会の専門家はもちろん、正しい医療情報を発信している医師などのSNSに誹謗中傷の投稿をしたり、勤務先に嫌がらせの電話をしたりする人が増えている。尾身会長が理事長を務める独立行政法人・地域医療機能推進機構の玄関ガラスが割られたという事件は記憶に新しい。こうした行動もまた、不安がその原動力なのだ。


誰もが一律に事態を楽観したり、自粛をやめてしまったりしているわけではない。


しかし、コロナを根拠もなく過大に楽観視し、政府や専門家の警告に耳を貸さず、感染防御策や自粛をやめてしまった人は確実に増えている。どのような人がそうなってしまったのか、その心理をより詳細に分析する必要がある。


そうすれば、どのような対策を採るべきか、それに対するヒントも生まれてくるはずである。


原田 隆之(はらだ・たかゆき)

筑波大学 人間系心理学域 教授

1964年生まれ。一橋大学社会学部卒業。同大学院社会学研究科博士前期課程、カリフォルニア州立大学心理学研究科修士課程修了。東京大学大学院医学系研究科で学位取得。博士(保健学)。法務省、国連薬物犯罪事務所(ウィーン本部)などを経て、現職。2020年東京大学大学院教育学研究科客員教授。専門は臨床心理学、犯罪心理学、精神保健学。著書に『入門 犯罪心理学』『サイコパスの真実』『痴漢外来』(いずれもちくま新書)、『認知行動療法・禁煙ワークブック』(金剛出版)、『あなたもきっと依存症「快と不安」の病』(文春新書)などがある。


https://president.jp/articles/-/49026